静岡地方裁判所 平成3年(ワ)246号 判決 1992年5月18日
原告
白鳥稔
ほか二名
被告
池田無歳
ほか三名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は全部原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、連帯して、原告白鳥稔に対し、金一一二一万九七九七円、原告白鳥巧也及び原告白鳥里奈に対し、各金五七五万四二〇三円宛、及びこれらに対する平成二年八月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車対自動車の衝突事故によつて負傷のうえ死亡した同乗者の相続人である夫及び子供らが民法七〇九条(被告池田無歳及び被告内田光に対して)ないし自動車賠償責任法三条(被告矢澤いずみ及び被告第一タクシー株式会社に対して)に基づきそれぞれ損害賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実など
被告池田は、被告矢澤から貸与を受けた普通貨物自動車(静岡四〇は五六三四号、以下A車両という)を運転し、平成二年八月二一日午前四時四〇分ころ、静岡市馬渕二丁目一一番二八号地先交差点(以下本件交差点という)付近の時速三〇キロメートルに速度制限された一方通行の道路を時速四〇キロメートルで逆走し、交通整理の行われていない本件交差点にさしかかつたが、このような場合徐行歩行すべき注意義務があるにもかかわらず、前記速度のまま漫然と同交差点に進入して、制限速度三〇キロメートル毎時の交差道路の左方向から前方の安全確認義務を怠つて時速約四五キロメートルで進行してきた被告内田が運転する普通乗用自動車(静岡五五か四二七六号、以下B車両という)と衝突し、A車両の助手席に同乗していた白鳥志津子(以下志津子という)に脳挫傷等の傷害を負わせ、同人を同月二二日午前一一時一一分脳挫傷により死亡させた。
(甲一、六ないし三九)
二 争点
1 被告矢澤の運行供用者該当性
2 原告らの損害額、特に志津子の逸失利益及び過失割合
第三判断
一 被告矢澤の運行供用者該当性
被告矢澤は、A車両の所有者であるが、本件事故の数日前の平成二年八月一七日、被告池田から数時間後には返還すると言われて同車両を一時貸与したにすぎず、本件事故は、同月二一日に起こつたもので被告矢澤は自賠法三条の運行供用者に該当しないと主張する。
しかし、被告矢澤の被告池田に対するA車両の貸与に関しては、専ら同人の裁量に委ねられていたが、自らの意思で、何度か遊興を共にしたことのある被告池田の要請に応じて貸与したものであり、運行の範囲も同車両貸与の焼津市から近くの静岡市内に止まり、被告池田が右車両を借り受け、本件事故に至るまでの期間も三日間程度であつて(甲二四、三一ないし三四)、被告矢澤の運行供用者性を認めるのが相当である。
二 損害額
1 逸失利益(三七二九万七五五四円請求) 二二四九万三六一八円
志津子は、本件事故時満二三歳(昭和四二年四月二日生)の家事に専念する主婦であるが、シンナー吸引の癖があり、通院したり、本件事故約一月前には、シンナー吸引による中毒症状が進み、入院手続きも進んでいた(甲二九、原告白鳥稔)。右事実によれば、志津子は、本件事故に遭わなければ、その後四四年間にわたり稼働可能であるが、同人の労働能力は通常女子労働者の八割であつたと解するのが相当である。したがつて、平成元年度賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者全年齢平均年間給与額である二六五万三一〇〇円を基礎に、生活控除割合四〇パーセント、中間利息の控除をライプニツツ方式(係数一七・六六三)を用いて逸失利益を算出した二二四九万三六一八円が相当である。
2 慰謝料(原告白鳥稔八〇〇万円、原告白鳥巧也、原告白鳥里奈各五〇〇万円合計一八〇〇万円請求) 合計一六〇〇万〇〇〇〇円
本件は、志津子の要請による歩行中の事故であつたこと(甲二六、三三、三四)や、同人のシンナー常用による家庭生活遂行上の支障(甲二九、原告白鳥稔)、さらに総額一六〇〇万円については被告らに争いがないことなど、本件事故に至る経緯、態様、家庭状況等の一切の事情を総合して斟酌すると、志津子死亡による原告らの精神的苦痛を慰謝するには、原告稔に対しては、七〇〇万円、原告白鳥巧也、同白鳥里奈に対しては各四五〇万円(合計一六〇〇万円)が相当である。
3 葬儀費用 一〇〇万〇〇〇〇円
原告白鳥稔が葬儀を行つてその費用を負担したことが明らかであるから(原告白鳥稔)、葬儀費用として一〇〇万円を相当と認める。
三 過失相殺等
1 被告池田と亡志津子とは、本件事故の少し前からシンナー仲間として交際していたが、本件事故前夜もシンナー仲間として合流し、本件事故当日の午前零時三〇分ころ志津子の送つて欲しいという要請により、被告池田がA車両を運転して静岡市街方面に向かつた。途中不審に思われてパトロールカーの追尾を受けたため、被告池田が無免許運転であることなどの発覚を恐れて逃走し、その途中本件事故を引き起こしたものである。その際、志津子は、A車両の助手席に同乗していたが、進行経路に対する具体的な指示や被告池田の無謀運転に対する制止行為などはしていない。また、志津子は、シンナー吸引後同乗していること、シートベルトを装着しておらず、そのため、B車両との衝突後車外に放り出されている。(甲六ないし三九)
これらの事実のうち、「志津子がシンナー吸引後の助手席への同乗であることやシートベルト未装着の点は、志津子がシートベルトを装着しておれば運転者の被告池田がさしたる傷害を負うことはなかつたことからみても志津子の死亡があるいは避けられたやもしれず、前記損害賠償算定にあたつて当然斟酌すべき過失というべきである。過失相殺割合は一割五分が相当である。」
2 無償(好意)同乗の主張(被告矢澤)について
「志津子はいわゆる好意同乗者といえるが、本件では、被告池田の無謀運転が本件事故を発生させたというべきであり、志津子において事故発生につき特に非難すべき事情があつたとはいえず、このような場合無償同乗による損害賠償額の減額をすべきではなく、被告矢澤の主張理由がない。」
3 被害者側の過失に基づく過失相殺の主張(被告内田及び被告第一タクシー株式会社)について
「民法七二二条二項にいう被害者の過失には、被害者本人と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にあるものの過失をも包含すると解されるが、志津子と被告池田は単なる知人であつて、身分上、生活上一体をなすものではないので、本件事故に関する被告池田の過失をもつて、前記損害額算定にあたつて斟酌すべき過失とはいえない。」
四 相続
志津子死亡により、同人の配偶者である原告白鳥稔が二分の一、同人の長男である原告巧及び長女里奈がそれぞれ四分の一ずつ相続した(甲二)。
五 損害填補額 三五五六万九三五〇円
原告らは、自賠責保険から合計三五五六万九三五〇円の支払いを受けた(三五五六万八三五〇円については争いなく、その余については弁論の全趣旨)。右損害填補額のうち一七四二万八九八〇円が原告白鳥稔の損害に、各九〇七万〇一八五円が原告白鳥巧也及び原告白鳥里奈の各損害に充当された(弁論の全趣旨)。
六 結論
よつて、被告池田は事実を明らかに争わないが、いずれも右認容の限度で計算すると、原告白鳥稔は、一六三五万九七八七円、原告白鳥巧也及び原告白鳥里奈は、各八六〇万四八九三円の損害となり、いずれも右損害補填額の範囲内であるから、原告らの請求をいずれも棄却することとする。
(裁判官 安井省三)